会社を辞めて教員になった理由
こんにちは、学校働き方改革アドバイザーの小太郎です。
今日は小太郎という人間を少しでも知ってもらえるように、
「なぜ会社を辞めて教員になったのか?」についてお話したいと思います。
世の中には、転職して教員になろうと考えている人もたくさんいるので、志望動機や教員免許の取得方法などを交えてお話します。
少しでも教員を目指そうとする人の参考になればと思います。
小太郎
教員を目指したきっかけ
「就職できればどこでもいい・・」
ある高校生の言葉です。この言葉を聞いて教員になろうと決めました。
自分の過去を振り返ってみると、
それなりに悩んだり、考えたりして、ある種の決意をもって選んだ就職先でした。
一生を左右するかも知れない就職先でさえ、選ぶチャンスが与えられない子供たちがいる。
その事実に胸を痛め、
彼らの傍で、成長や進路選択に寄り添いたいと思ったことがきっかけでした。
とはいえ、当時の僕はといえば、
「教員免許」どころか「最低限の教養」さえありません。
それもそのはず、高校時代は、
- 授業にはほとんど出ない
- そのくせ部活だけは毎日出席する
- 家庭訪問10回以上
- そもそも学校に行く理由が見いだせない
という典型的な問題児で、
先生方のお情けでようやく卒業させてもらえたような生徒でだったのです。
周りの空気に流されるようになんとなく受験をし、引っかかった都内の大学に進学するも、
東京という刺激的な街に感化され、年中遊び呆けていたどうしようもない学生でした。
自分のことながら情けない・・
小太郎
そんな僕も、親の喜ぶ顔が見たいと改心し、就職活動だけは人並みに努力して、
運よく地方にも馴染みのある一部上場企業に就職することができました。
高校・大学での負債をどうにか就職活動で返すようなそんな人生。
しかし逆に言えば、抱えた過去がどうであれ、
「努力によって挽回できるし、それなりの人生を歩むことができる」
という学びを得た人生でもありました。
だからこそ、
自らの将来に希望を持つことのできなかった、あの高校生の言葉が胸へと刺さり、
「自分にできるサポートはないか」
と考えるようになったのだと思います。
教員免許の取得は通信制大学
教師になるための教員免許は、通信制の大学であれば働きながらでも取得できることを知り、
その日から4年におよぶ教師を目指す道のりが始まりました。
通信制大学は、通学して学校で授業を受けるのではなく、
与えられた課題に自学で取り組み、レポートを提出し、内容が認められると単位取得となります。
1単位につきレポートを1冊。
合計60冊以上のレポートを書きました。
レポートを書いた主な科目
- 教育基礎論
- 教育心理学
- 教育相談
- 教職概論
- 社会科教育論
- 社会科指導法Ⅱ
- 生徒指導論
- 特別活動の研究
- 外国史
- 憲法
- 行政学
- 国際経済論
- 国際法
- 地理学
- 哲学概説
レポートの作成については、
高校レベルの学習内容がすっぽり抜け落ちていたこともあって、仕事から帰って深夜までの学習が辛いこともありましたけど、3年程かかって何とか免許を取ることができました。ちなみに、当時の平均的なタイムスケジュールはこんな感じ。
小太郎
6:30 | 起床 |
8:00 | 出社 |
20:00 | 帰宅 |
22:00 | 学習・レポート作成 |
25:00 | 就寝 |
母校での教育実習
教員免許取得のためには、2~3週間の教育実習が必要になります。
僕もやっとのことで教育実習へ行くための要件を満たし、
母校へ教育実習のお願いの電話をかけました。
電話に出たのは、当時授業でお世話になった女性の先生(当時30代)。
「あ、原先生だ!知ってる先生まだいた!」
みたいな感じでちょっとテンションがあがったので、まだ、覚えてもらえてるかなー、
なんて思いながら、用件を切り出しました。
「平成〇〇年卒業の小太郎ですが、教育実習のお願い・・」
「え・・!あの小太郎君?実習・・え、なんで?!」みたいな。
・・若干キレ気味。
「招かれざる客」感が満載。
もう、覚えてるどころの騒ぎじゃなかった。
むしろ「できることなら忘れたい」ぐらいの勢いでした。
後で聞いた話ですが、
その電話で職員室がざわついたそうです。
先生いわく「・・動悸がした」と。
職員室の様子など知る由もない僕は、しばらく保留で待たされたあと、
「一度、面談をしてから受け入れの可否を検討します」と言われたので、
「遠方にいるのに、わざわざ面談までするのか。教育実習って意外と大変なんだな・・」
なんて思いながらも、仕事の休みを取って福岡まで向かうことにしました。
教員になって、毎年、教育実習生を受け入れる立場となった今、
これが、どれだけの「異常事態」かよくわかります。
実習生の受け入れの可否の判断なんて、普通は電話一本です。
断ることなどありません。
実習生の受け入れを判断するために、わざわざ東京から福岡まで面談に呼ぶというのは、
子どもが「家に帰る許可を得るために親から面談される」ぐらいのよそよそしさ。
ほぼ捨て子です。
今思えば、
面談をしてくれた先生が元担任へ、
小さな声で「そんなことありませんでしたよ」と言っていましたが、
あれはきっと、
「(とんでもない奴が来ると聞いていましたが)、そんなことありませんでしたよ」
だったのでしょう。
本当もう、心当たりしかありません。
しかし、いざ実習が始まってみると、先生方からは多くの励ましの言葉を頂きました。
- 「在学中、あんなに学校に来なかったお前が、まさか社会人になって毎日学校に来るとは思わなかった。でも、こういう経験ができるのも教員の醍醐味だ」(元担任談)
- 「学校に来なかったお前だから分かってやれる生徒の気持ちもある」
(死ぬほど怖かったラグビー部顧問の先生談)
過去を振り返ってみて
ということで、長々と自分の過去を振り返ってみました。
- 学生時代は問題児
- 就職活動だけは人並みに頑張ってそれなりの会社に就職
- ある高校生の言葉をきっかけに教員を目指す
- 教育実習では自分の罪深さを実感
- 通信制大学で3年かかって教員免許を取得
小太郎
という散々な黒歴史でしたが、今は、
公立高校の「公民科」の教員として、
- 教員経験10年
- 教科推進委員(教育委員会から指定を受けた授業改善・推進の専門家。時々、新聞などのメディアが授業を取材に来ます)
- 学年主任(1回)
- 初任者研修講師
- 校内の働き方改革や生産性向上のアドバイザー
ブラックと言われる「教員の仕事を魅力化し、教育の質を高める」ことをミッションに、
授業のつくり方、経営のフレームワークを活用した生産性の向上・業務改善、学校組織論、教員採用試験対策などを中心に発信しているので、よかったらメッセージやコメントなどで、今後もお付き合いください。よろしくお願いします!
ちょっとだけでも興味がわいた方はこちらもぜひ!
学校働き方改革アドバイザー小太郎のプロフィール